• 士業コラム

相続トラブル解決事例:遺産分割協議の債務不履行時は法定解除できますか?

この記事では、遺産分割協議後の「約束」の不履行に焦点を当て、法的な対応策を検討します。特に、母親との同居を条件に財産を多く取得した長男が、その約束を守らなかった場合に、他の相続人が取りうる手段を解説します。本記事を通して、遺産分割における「約束」の重要性と、その不履行が生じた際の対応策について理解を深めていただけます。

遺産分割の際の決めごとに債務不履行があった方

  • 債務不履行時は法定解除はできるか
  • 債務不履行時は合意解除はできるか

事例のあらまし

B 「A (兄) 夫婦が母と同居することを前提にして遺産分割協議をしたけれど、1年も経たないうちにその約束を反故にするなんてひどいよ。 C(妹)も怒っているよ。 前にした遺産分割協議は「債務不履行(民法541)」だから、再度、遺産分割をしようよ。これは私とC(妹)の共通した意見だよ」

 

A「私も当初はそのつもりでいたが、お袋と女房がことあるごとに意見が対立して、私も閉口していたのだよ。 そのうち、お袋が妹の家に住むと突然言い出したんだ。仕方ないだろう」

 

B「だから再度、遺産分割協議をしようよ」

 

A「なにを言っているんだ。当初は約束を守ったじゃないか。 後発的に起こったことなのだから、仕方がないよ。私に落ち度はないから、再度の遺産分割協議には応じられない」

 

B「だったら「債務不履行」による「法定解除権」を行使するよ」

 

父の死亡で母親と同居約束で長男が財産を大半相続しました。債務不履行時は法定解除できますか?

問題点

債務不履行による法定解除

 

分割協議において相続人の1人が遺産を取得する代わりに、他の相続人に対し債務を負担することがあります(代償分割)。この代償債務の不履行があったときに、他の相続人は債務不履行を理由に分割協議そのものを解除できるかが設問の趣旨です。

 

最高裁判所の平成元年2月9日判決は、親を扶養するという債務の不履行が問題となった事案につき、

①遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、

②その後は債務を負担した相続人と、債権を取得した相続人の間で債権債務関係が残るだけと解すべきであること、

③遡及効を有する再度の遺産分割を余儀なくすると、法的安定性が著しく害されることを理由に、

④分割協議の(民法541による法定解除を否定しています。

 

解決方法

残念ながらありません。しかし、前述のBの「再度遺産分割協議をしよう」という提案にAが同意した場合は、どうなるのでしょうか。

 
 

父の死亡で母親と同居約束で長男が財産を大半相続しました。債務不履行時は合意解除できますか?

問題点

(1)民法上『合意解除」はOK

高裁判所平成2年9月27日判決は、共同相続人の全員が既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をなしうることは、妨げられるものではないと述べています。

 

(2) 税法上『合意解除」は原則NO

①当初の遺産分割協議により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分し

た場合には、その再配分により取得した財産は分割協議により取得したものとはなりません(相基通1の

218)。

②一般的には、共同相続人間の自由な意思に基づく贈与又は交換等を意図して行われるものであることから、その意思に従って贈与又は交換等その態様に応じて贈与税又は譲渡所得民法上は合意解除を認めていますが、税等の課税関係が生ずることとなります(逐条解説)。

 

解決方法

相続税法基本通達逐条解説 (大蔵財務協会) 通達起案者又は後任者の解説(262-8)

 

①上記②の後に「もっとも、共同相続人間の意思に従いその態様に応じた課税を行う以上、当初の遺産分割協議後に生じたやむを得ない事情によっ当該遺産分割協議が合意解除された場合などについては、合意解除に至った諸事情から贈与又は交換の有無について総合的に判断する必要がある」という解説があります。

この「」の部分は、平成18年出版分に追加されました。 最新版にも同様の記述があります (大変重要な追加です)。

国税庁がこのような解説を追加したということは、ケースによっては遺産分割協議のやり直しを税法上も贈与税等ではなく、相続税の世界で認める方向に舵を変更したと筆者は理解しました。

税法が合意解除のすべてを認めたら、租税回避や脱税に利用されることになりますから、合意解除に至った諸事情や、納税額に大幅な変動がない場合等の限定的事例に認めるのではないでしょうか。

②また、当初の遺産分割による財産の取得について無効又は取消し得るべ原因がある場合には、財産の帰属そのものに問題があるので、これについての分割のやり直しはまだ遺産の分割の範疇として考えるべきです。

 

遺産分割の「無効」と「取消」

「遺産分割の無効」

ある法律行為が無効である場合には、その法律行為は当初から当然に効力を生じません。

<分割が無効の例>

①共同相続人を除外して行った分割、すなわち、遺産分割当時に存在していた共同相続人を除外して行った分割は常に無効である。共同相続人が分割当時に行方不明(失踪宣告は受けていない場合)で生死不明であったが、その後出現した場合も同様と考えられる。

②包括受遺者を遺産分割に参加させない場合は無効です。すなわち、包括受遺者は相続人と同法律上の地位を有するものですから、この者を除外した分割は無効です。

 

「遺産分割の取消」

取消し得るべき行為は、取消権者の主張により初めて最初から効力を生じなかったことになります。

<分割の取消しの例>

①共同相続人の一部の者が他の共同相続人に対して詐欺 (例えば、遺産の一部を隠したり遺産の評価額をごまかす)をし、これに基づいて遺産分割が成立したり、

②他の共同相続人に対し強迫を行って有利な遺産分割協議を行った場合などは、被害者である共同相続人は遺産分割協議における意思表示を取り消すことができる。

 


高橋 安志 氏
税理士法人 安心資産税会計 代表

昭和26年山形県生まれ、中央大学卒業、昭和58年に事務所開設。
「小規模宅地等の特例」「大規模宅地評価」の第一人者。
事業承継・相続贈与対策・各種アドバイス、不動産税務特化の会計事務所を経営。
日経新聞・朝日新聞で相続専門税理士50選、特に個別取材で小規模宅地特例に詳しい税理士として紹介される。
2021年6月、ぎょうせいより「Q&A実例から学ぶ配偶者居住権のすべて」を出版。





 

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