• 士業コラム

相続トラブル解決事例:「相続人の欠格宥恕(ゆうじょ)」について

ポラスオーナーズにて発行している収益物件のオーナー様向け情報誌「アネックス」に掲載の士業コラムです。
今回は「相続人の欠格宥恕(ゆうじょ)」についてです。ぜひご覧ください。

相続人の欠格宥恕(ゆうじょ)について知りたい方へ

  • 審判主旨の紹介
  • 相続欠格とされる者の宥恕(ゆうじょ)を肯定した最初の公表判例
  • 遺言書に宥恕(ゆうじょ)の文言を追加したらどうなる

事例のあらまし

T弁護士「今日は何の相談ですか」

「最近新聞で読んだんですが老老介護の末の殺人事件が起きましたね。
妻の介護を長年してきた夫が、寝たきりの妻から『首を絞めて殺してくれ』と頼まれて殺したという事件(2022年11月4日千葉地裁)」

「親の介護を献身的にしてきた高齢の子供が同じようなことをした案件もありますね。他にも最近こういう事件が多いですよ」

「裁判で証人に立った娘は『父にとって母は世界で一人の存在。身を切られるほど、十分罰を受けている』と強調。弁護士は『妻を愛していたからこその犯行』と情状酌量を求めたとありましたね。新聞を読んで私は泣いてしまいましたよ」

「それがどうしたんですか」

「顧問税理士に聞いたんですが、この場合、父は母の相続人にも受遺者(遺言で財産をもらえる人)にもなれなくなるそうですね」

「あの事件の場合は懲役3年、執行猶予4年の判決ですね。執行猶予がなかったら法律論的には確かにそうですね。執行猶予がついた場合は諸説があります。執行猶予が終了すれば相続人になれます」

「私の家も人ごとではないんですよ。父は頭はしっかりしていますが要介護5の状態で、時々私に殺してくれというんですよ。そんな話は相手にしていませんが私も後期高齢者の仲間入りをしてしまいました。私の方が先に逝く可能性もあります。弟Cは家にも寄りつきません。来ると金の無心です」

「大変ですね」

「万が一同じような事件を私が起こしたら、父の財産はなにもしなかったCにいくのは納得できません」

「参考になるかどうかわかりませんが、広島家裁呉支部の審判事例を紹介します。 兄が弟(同順位の相続人)を殺害したが、父(被相続人)が兄(長男)を宥恕(寛大な心で許すこと)したと判断した事例です」

「時代劇の大岡裁きみたいですね」

「この場合は同順位の相続人(兄弟)を殺害ですからまだ被相続人が生存していますので、その後被相続人の言動でこのような審判がなされましたが、新聞の事例は被相続人を殺害したのであるから被相続人のその後の言動はなく宥恕(ゆうじょ)の根拠判断が難しいですね」

問題点

相続欠格事由(民法891条一号)→代襲相続はある(民法8872次に掲げる者は、相続人となることができない。

①故意に被相続人、先順位・同順位の相続人を死亡するに至らせ、または至らせようとしたために刑に処せられた者。「故意」と、『刑に処せられた』2つの要件必要。 「故意」とは、殺人の故意を指す。

殺人の故意が認められない傷害致死 (刑法205)過失致死刑法210) ・業務上過失致死傷等(第211条)は含みません。

正当防衛(刑法36)は「故意」の可能性有り。「刑に処せられた「者」とは、下記①~③は含みません。
①正当防衛や責任無能力者(刑に処せられなかった者)
②執行猶予判決 猶予期間が経過した者(刑の言渡しが失効)
③実刑判決確定前に死亡した者(『刑に処せられた」に非該当)

相続人の欠格宥恕(ゆうじょ)(広島家裁呉支部平成22年10月5日審判)

事実の概要
理解しやすいように簡略化しています。

被相続人甲は、昭和26年×月×日、妻乙との間で、長男Aをもうけ、昭和30年×月×日、妻との間で次男Bをもうけた。
他に養子C・D(乙の連れ子)がいる。
①乙は、平成13年×月×日死亡している。
②Bは、平成15年×月×日、Aによって殺害された。Aは、同年×月懲役刑に処せられ、〇〇刑務所で服役している。執行猶予は付かなかった。
③平成20年×月×日、被相続人甲が死亡した。


C・Dが甲の遺産をめぐって遺産分割の申立てをし、それらの前提問題として、Aの相続人適格が争点となった事案である。

審判要旨

「AがBを殺害したことから、Aは民法891条一号所定の者に当たる。

しかし、Aは、昭和32年(小学校1年生時)、交通事故に遭い、右脚の膝から下の部分を失い、義足を使用して歩行することを余儀なくされるようになり、読み書きの能力が不十分である(特に漢字の習得がほとんどできていない。)など知的能力もやや劣る状態となった。

弟Bは、上記のような障害を持つ兄Aを無視したり、馬鹿にしたりするような態度をとったりしたことから、Aは、Bに憎しみを覚えるようになり、言い争いもたびたびあったこと、そのような経過を経た後の平成15年×月×日、Aは、酒に酔ったBから、「親父が死んでわれが死ねば、最低の葬式をして、残った金はわしが使う。」などと言われて激高し、Bをナイフで何回も突き刺すなどして殺害するに至ったこと、被相続人甲【父】は、Aが被相続人甲経営の呉服店を約33年間にわたり手伝ってきたことを評価していた上、上記事件についてはBにも非があったと思い、刑事裁判においては、Aに寛大な刑が下されることを求め、また、服役後は、何回か刑務所を訪ね、障害を持つAの出所後の生活を案じ、「心配ないから」と話すなどしたことが認められる。

上記認定事実によれば、甲は、遅くともAが上記の刑務所に服役したころには、Aを宥恕(ゆうじょ)【寛大な心で許すし、その相続人としての資格を有することを認める旨の意思表示をしたものと推認される」として、Aは、甲の相続人としての資格を有するといえるとして、相続人適格を認めた。

解決方法


この案件は同順位(兄Aが弟Bの相続人)を殺害ですから、まだ被相続人が生存していますので、その後被相続人の言動でこのような『大岡裁き」的な、相続欠格とされる者の宥恕(ゆうじょ)を肯定した最初の公表判例であり、注目に値します。

遺言書に宥恕(ゆうじょ)の文言を追加したらどうなる

相続人又は受遺者が民法第891条第一号に該当したとしても下記に該当した場合は相続の欠格を宥恕するものとする。なお下記に該当した者を、告発せず、又は告訴しなかっ者(民法第891条第二号)も相続の欠格を宥恕するものとする。
① 刑法202(自殺関与及び同意殺人)で刑に処せられた場合
②又は執行猶予が付いた場合

上記の文言をたとえば公正証書遺言書の本文、又は付言事項に被相続人の意思として明確にしていた場合、事例がないのでどうなるかはわかりませんが、相談事例のように兄が父を殺害した場合、弟Bが誰かに知恵を授けられても、上記の文言を追加していない場合に比べて有利に働くのではないでしょうか。

≪土地資産活用情報誌 アネックス 令和5年11月1日発行号より≫

【執筆者】

高橋 安志 氏
税理士法人 安心資産税会計 代表

昭和26年山形県生まれ、中央大学卒業、昭和58年に事務所開設。
「小規模宅地等の特例」「大規模宅地評価」の第一人者。
事業承継・相続贈与対策・各種アドバイス、不動産税務特化の会計事務所を経営。
日経新聞・朝日新聞で相続専門税理士50選、特に個別取材で小規模宅地特例に詳しい税理士として紹介される。
2021年6月、ぎょうせいより「Q&A実例から学ぶ配偶者居住権のすべて」を出版。





 

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